小網代の森~三崎港ウォーク (2014.10.7)
小網代の森と湾は一体で三浦半島の多様な生植物を保護する自然公園です。狭い範囲で川の源流から河口まで見れる貴重な場所でもあります。また、八月の大潮の満月の夜にはものすごい数のアカテガニが産卵のために一斉に水辺に出てくることでも知られ、産卵すると水面が白く濁るとか。
しかし、県立公園なのに全く整備がされてなく放置状態、鬱蒼として薄暗く、昼間でも一人で歩くには不気味なところでした。今回は県が遊歩道などの整備を行い、森にも陽光が入り安心して歩けます。入口から1/3くらいは木の階段と木道になり道幅も広く快適に歩けます。この夏から使えるようになり混雑しています。
三崎口駅に集合、バス停・引橋まで歩き、ここから小網代の森に入ります。
誰かが尾瀬を歩いているみたいとか、木道を歩くのは尾瀬と似てるかな、でも木道の距離は全く違います。湾に向かって下りなのでテンポよく歩けます。
コース途中にある「えのきテラス」で休憩、台風の翌日で湿度が高く蒸し暑いです。森を抜けて小網代湾に、ちょうど引き潮で干潟に入れます。干潟に住む多様な生き物が見れるが、特にカニは種類と数が多い。アカテガニもちょっとした巣穴で見ることが出来ました。しかし、最近はアライグマに食べられるとかめっきり減少しているのが残念です。貴重な一匹を探して皆さんに何とか見てもらえ良かった。
三浦七福神の一つ白髭神社にお参りします。ここに珍しい「カンカン石」が、石なのに小石で叩くとカンカンと金属音のする不思議な石。大阪の廻船が航海安全を祈願して奉納したとか。
この入江を利用したヨットハーバーがあり、小さなヨットが沢山浮かんでいます。先を急ぎシーボニアヨットハーバー横の坂道を登り県道に合流、ここから荒井浜へ向かいます。
三浦一族最後の戦いの場所新井城址に到着。今は油壷水族館や東大の研究施設などがあり、当時の面影を残すものは何もなく、「新井城址」の石碑で知ることが出来る。石碑の近くに三浦義同と三浦義意親子の墓もあるが少し歩くのでパス。何より空腹を満たすのを最優先で意見一致です。
「かながわ景観50選」の油壷の景観を見ながら荒井浜へ、ここで昼食です。三崎口駅から寄り道しながら歩いたので2時間かかりました。日差しが弱く風もなく、海は穏やか、のんびり沖を見ながら、海辺の昼食には絶好です。この荒井浜はちょっとした穴場で訪れも人は少なく、まるでプライベートビーチのようです。
昼食の後は「関東ふれあいの道」に入り油壷湾、諸磯湾を通り、スランプ構造が珍しい断層を見て見桃寺へ。この建物はお寺らしくない造りであるが創建は1573年、源頼朝もしばしば訪れた由緒あるお寺です。
歌舞島を通って三崎港に出る予定が、皆さんお疲れ気味なので近道して三崎公園へ。折角なので近くにある海南神社に寄ることに。ここは三浦半島の総鎮守、樹齢800年の大銀杏が見ものであるが18号台風で葉がすっかり落ちている。この秋は見事な紅葉が観られないですね。
三崎公園からバスで三崎口駅に戻り解散、お疲れさんでした。約8km、20,280歩のウォーキングでした。
「三浦一族いくさ道」ウォーク (2014.5.24)
京急久里浜駅をスタート、住宅街の中を抜け小高い丘の上にある怒田(ぬた)城址に向かいます。徒歩20分で怒田城址であり吉井貝塚に到着。ここは怒田城址より吉井貝塚として知られている。丘の上は整地され、きれいに芝生が植えられ公園のようである。怒田城址は、平安末期から鎌倉時代にかけて活躍した三浦一族の居城の衣笠城の支城。山城として築かれ、三方を海に囲まれ要塞堅固で三浦水軍の根拠地であったと言われる。現在、丘の下一帯は住宅地になっており、ここが海であったとは想像できない。
次に眞福寺に向かう。道を下ると御林が、浦賀奉行所が管理した江戸幕府の御用林。マテバ椎の樹林帯が陽光をさえぎり、江戸と浦賀を結ぶ浦賀道の一部で往時の面影を残している。15分程で眞福寺に到着、ここの子供を抱いた子育観音は「マリア観音」と呼ばれキリスト教との関係があるとか。さらに法善寺、長命寺、巡拝供養塔を経て4丁目公園で休憩です。次に佐原城址に向けて出発、佐原城址も小高い丘の上にあり10分程で到着。現地は家庭菜園になっており城址の面影は全くなし、案内板と佐原城址の石碑があるだけ。佐原城は中世の山城で三浦一族・三浦義明の子、佐原義連の居城と伝わる。特に見るべきものもなく熊野神社へ、ここで昼食休憩です。
昼食休憩して午後の出発です。満願寺、清雲寺、薬王寺旧跡、近殿神社、満昌寺と三浦一族ゆかりのお寺を回りました。ゴールの衣笠城址バス停に2時半過ぎに到着、ここで解散です。今日のウォークは「三浦一族いくさ道」とあるが、いくさ道なのかは疑問ながら、怒田城址と佐原城址が判って勉強になった。自宅に帰るには中途半端な場所、京急・北久里浜まで歩き電車で帰りました。
皇居・乾通り抜け 2014.4.8
天皇陛下80歳の傘寿を迎えたことを記念し、坂下門から乾門までの「通り抜け」が行われ居るので行きました。連日、大変な混雑と聞いていたが、地下鉄・大手町駅を出た所から行列が、これは凄いぞと思いながら最後尾について行く。
列は動いており、じっと止まって待つことはないのでさほど苦痛ではない。手荷物検査とボディーチェックを受け坂下門から入るまでに約1時間要した。入ってからも同じような混雑、流れに身を任せる状態。
桜の本数は多くないが、花はきれいに咲いて十分に楽しめた。また、新緑がとてもきれいなのが印象的。写真を撮りながらゆっくり歩き約1時間程で東御苑に抜け、ここで休憩を兼ねて持参した弁当を食べる。ポカポカ陽気、風はなく、新緑の中でとても気持ちよかった。そのあと御苑内をブラブラ散策して大手門から出る。
三浦一族終焉の地を巡る 2014.3.19
三崎口駅 <バス移動> 引橋9:42 ⇒真光院10:35 ⇒新井城趾10:56 ⇒荒井浜(11:51~ 12:30) ⇒
スランプ構造13:21 ⇒漣根13:30 ⇒見桃寺13:35 ⇒ 三崎城趾13:55⇒光念寺14:30 ⇒三崎港バス停14:43
<バス移動> 三崎口駅 行程約10km
三崎口駅9:30に集合、バスで引橋に移動、ここからウォーキングスタート。県道26号を三崎港方向に暫く歩き、途中から市道?に抜け、さらに細い道を歩く。この通りの左右に東京湾側と相模湾側が交互に見え、気持ち良く歩けるコースです。約30分で義士塚に、小さな古墳。? 先に進み神奈川古道50選の「三崎道・なもた坂」を通り真光院に。
三浦一族の隆盛・繁栄を祈願したと伝わる。さらに油壺まで歩きマリンパークへ、ここが新井城址であること初めて知った。他に東大の研究施設も建っている。油壺湾を眺めながら荒井浜へ、ここで昼食。昼食後は往路を少し戻ってから関東ふれあいの道「油壺・入江のみち」に入る。
油壺湾、諸磯湾を通り、海底に堆積したものが隆起したというスランプ構造や漣根など珍しい断層を見る。関東ふれあいの道を外れて三浦七福神の一つ、見桃寺へ。ここから階段を登った高台に三崎城址が。今は三浦市役所や体育館など市の施設が建っている。住宅密集地の中を登り下りして本瑞寺、光念寺に寄り、最後に三浦七福神の一つ海南神社に。
ここからゴール地点の三崎公園は数分で到着、解散です。タイミング良く三崎口駅行きバスが来たので乗車した。
大岡川源流から 円海山へ 2014.3.15
金沢文庫駅9:10 ⇒六国峠入口⇒ 9:25 ⇒能見堂跡9:45 ⇒能見台センター(10:20~10:40) ⇒
清兵衛谷戸10:51 ⇒氷取沢神社11:03 ⇒いっしんどう広場(11:50~12:20) ⇒
峰の町バス停13:05 ⇒阿弥陀寺13:20 ⇒山の神休憩所13:40 ⇒洋光台駅14:00
金沢文庫駅を出発、間もなく六国峠ハイキングコースに入る。崩落により暫く通行止めであったが、最近になって4年振りに通れるようになったとか。能見堂跡を経て暫く進んでからハイキングコースを外れ、能見台の住宅街に。京急ストアーの広場でトイレ休憩、清兵衛谷戸をを経て氷取沢神社にお参り。ここを過ぎると小さな牧場や家庭菜園が広がる地域に、横横の下を通って氷取沢市民の森へ。自然が保護された良い公園、ここが大岡川の源流である。さらに進むと「いっしんどう広場」に、ここで昼食休憩。
昼食後、円海山山頂の横を通る。残念なことに山頂に近づけない、展望台が老朽化して危険なため。展望台を撤去するなり、立て直すなりすべきと思うが放置されたままである。ここから下り道となり護念寺に、お灸で有名なお寺とか。
阿弥陀寺、峰白山神社を経て「山の神」に、小さな祠がある。あとは洋光台駅まで歩き、ここで解散。タイミング良く金沢文庫行きのバスが来たのでこれに乗車した。
瀬谷八福神めぐり 2014.1.11
KSSCの2014年初ウォークは瀬谷八福神めぐり、バスと徒歩で回りました。瀬谷八福神とは、七福神に達磨大師を加えた日本でも珍しい八福神とか。快晴、ほぼ無風と絶好のウォーク日和、相鉄線瀬谷駅10:15に集合、10名で元気に出発で~す。八福神巡りは瀬谷駅を起点に南側コースと北側コースがあり、午前中は南側コースの五寺。
瀬谷駅発8:30のバスに乗り、駅から最も遠い全通院勢至堂のあるバス停・下瀬谷橋まで移動、ここから駅に戻るコースを歩きます。午前の5寺を巡り駅近くまで戻り、瀬谷駅北口公園で昼食。